※この記事は、他の記事より文字数を少なめにしています。
結論を急がず、途中で立ち止まるという判断そのものについて、考えたことを書いています。
結論を急ぎたくなる場面について
仕事をしていると、「早く決めてください。」「もう迷う時間はないですよ。」と言う場面に何度も出会います。
特に、大企業や官公庁系のトラブルプロジェクトでは、その傾向が顕著です。
現場が混乱しているほど、判断にはスピードが求められます。
その要求自体は、現実的で正しいものだと思っています。
一方で私は、そういう場面ほど、少し立ち止まりたくなります。
「今、何を前提に判断しようとしているのか。」「本当にそれで納得できるのか。」を自分の中で整理したくなるのです。
問いを残すことは、逃げなのか
以前の私は、問いを残すことを「決断できない弱さ」だと感じていました。
決め切らない姿勢は、責任を取らない態度のようにも見えたからです。
ただ、現場を多く経験する中で、少しずつ考えが変わってきました。
問いを閉じた瞬間から、現実との対話が止まる感覚を、何度も味わったからです。
決めた前提が、思考を縛る
一度「こうだ」と決めた前提は、とても強力です。
違和感があっても、「もう決めたから」という理由で、思考を止めてしまう。
その結果、後から問題が顕在化し、「なぜあのとき立ち止まれなかったのか」と振り返ることになります。
問いを仮置きするという考え方
私が今大切にしているのは、問いを持ち続けることそのものではありません。
答えを「仮置き」にする姿勢です。
今の状況では、こう考えている。
ただし、前提や環境が変われば、考えも変えてよい。
この余白を残しておくことで、判断に柔軟さと誠実さが生まれると感じています。
やりすぎ向上長と呼ばれるようになった背景
こうした姿勢で仕事をしていると、「そこまで考えなくてもいいのでは」と言われることがあります。
実際、効率だけを見れば、遠回りに見える判断も多かったと思います。
それでも私は、納得できないまま進めることができませんでした。
問いを残したまま走ることに、強い違和感を覚えていたのです。
結果として、判断が遅い、考えすぎだ、やりすぎだと言われる場面も増えました。
そうした積み重ねの中で、「やりすぎ向上長」と呼ばれるようになったのだと思っています。
暫定的な考えとして
問い続けることは、不安定な選択です。
すぐに答えが出ない状態に、居心地の悪さを感じることもあります。
それでも私は、思考を止めてしまうよりは、問いを仮置きしたまま進む方を選びたいと考えています。
その方が、現実にも、自分自身にも、誠実でいられる気がするからです。
この考えも、今の時点でのものにすぎません。
あなた自身は、どこで問いを急いで閉じているでしょうか。